こんにちは、人形の秀月 十七代目です。
日本の心を伝統の技術に託す、秀月の鎧・兜・甲冑について。

国宝 赤糸威 鎌倉時代 春日大社所蔵模写 竹虎之大鎧 金小札
端午の節句に飾る菖蒲が「尚武」に通じることから、鎌倉時代以降、いっそう発展し徳川幕府となってからは、五節句(一月七日の七種節供・三月三日の桃節供・五月五日の菖蒲節供・七月七日の七夕祭・九月九日の菊節供)の一つとして厳粛な儀式が行われ武家では旗・幟・差物・吹流しなどを屋外に飾り立てて祝いました。

しかし、町人の間では旗差物を立てることは許されていませんでしたから、代わりに鍾馗や武者絵を描いた旗を立て、吹流しの代わりには、鯉の形を吹貫きとすることを考えだして、大人も子供も賑やかに楽しんだようです。やがて、外飾りだけでなく、家の中へ武者人形や座敷幟などを飾る風習が定着していきました。この伝統ある行事は、時を重ねるとともにいつの時代にも男児の健やかな成長を願う祭りとして、盛大に受け継がれてきました。昭和二十三年七月より五月五日は『子供の日』として国民の祝日となり、ますます隆盛を極めていきます。

秀月オリジナル 徳川家康公之鎧
『知性・仁徳・勇気の願い』
戦国時代、智・仁・勇の三徳をそなえた武将は、武士の理とされていました。それはまた、秀月の願いでもあります。知性賢くて心広やかなもののふのように、知性と仁徳と勇気をそなえて健やかに成長してほしい・・・五月のまばゆいまでの陽光のように、いつまでも輝き続けてほしい・・・。お子様の雄々しいご成長への祈りでもあるのです。
男児の健やかな成長を祝い、出世を祈る思いを込めた甲冑。
『日本の甲冑 大鎧』
古代の甲冑は埴輪(はにわ)によって偲ぶことしかできませんが、大鎧は平安時代に入って武士が興る(おこる)と共に、武将が着用した晴れの第一武装として、実用と意匠の両面において、日本独特の発展を遂げてきました。騎馬による射戦が中心であったため、馬上で活動を自由にし、鞍の上で安定を図るため、どっしりとした草摺(くさずり)をつけ、兜は眉庇(まびさし)が大きく垂れて顔を覆うなど、弓矢に対するさまざまな工夫がはらわれています。その後、戦いの形態が変わると、重い大鎧から、軽快な胴丸を着用するようになり、さらに改良が重ねらなれました。

国宝 赤糸威 鎌倉時代 春日大社所蔵模写 竹虎之大鎧
『日本の甲冑 腹巻・胴丸』
騎馬用の大型の鎧に対して、小型で足ばきを考えて草摺(くさずり)を細分した、徒歩用の武具に腹巻と胴丸があります。胸から腹部に掛けて、正面だけを覆った様式と、これをさらに背後にのばし背面中央で引き合わせた様式があり、兜は必要に応じて筋兜が用いられました。十四世紀になり、騎兵に不都合な山岳戦や打物(刀やなぎなた)の合戦が盛んになると、武将たちも、より軽快な胴丸を着用するようになり、さらに改良が重ねられました。

源義経公
『立物(たてもの)とは』
兜の飾り。立物(たてもの)には鍬形・剣・水牛角など幾種類もありますが、最も古くからあり、しかも一般的なものは鍬形です。鍬の形を表したというより、鹿の角をデフォルメしたと考えられています。鎌倉時代から南北朝時代にかけて誇張的に大きくなっていますが、細くて長いものを長鍬形、幅の広いものを大鍬形と呼んでいます。鍬形には鍍金が施され、鍬形を立てる鍬形台には意匠をこらした模様が彫刻されています。

国宝 赤糸威 鎌倉時代 櫛引八幡宮所蔵 菊一文字之兜 鍬形台(台輪)・鍬形部分
秀月の甲冑は、金工、漆工、染織皮革などの技術を終結した、総合工芸品と呼べるもの。長年の研鑽(けんさん)により、磨き抜いた技を用い、一品一品、心を込めて、手造りで制作しています。日本の伝統が生んだ美しい造形である甲冑で、日本人が持つ華麗な心を表現するため、日夜、妥協のない作業に励んでいます。

竹雀の重厚で美しい金物
世界には類のない総合工芸品です。

徳川家康公之兜
鎧や甲冑というと、どうしても戦を思い浮かべてしまいますが、私どもの制作する鎧や甲冑は戦のものではなく自信を律して高めるという願いも込められています。
こうして昔から変わらぬ伝統製法で仕上げられた、世界に誇る日本の職人、甲冑師による日本製の美しい秀月の鎧は、約5000工程におよぶ作業を経て、はじめて完成されます。

日の丸威を威しているところ
それぞれ専門の熟練した職人が、一点一画に心をきざみ込む作業が続き、納得がゆくまで、何度となくやり直され、この妥協を許さぬ勇気が、丹念に丹念を重ね、手づくりから生まれる甲冑で、精魂を込めた技からつくられた逸品となる訳です。

緋日の丸威之大鎧
こうして親戚である甲冑師 忠保と共に私自身が工房に籠り制作し、他の職人さんの人柄や苦労も分かっているので、商売人ではなく職人としてむやみに価値を上げたり下げたりしてしまう事無く、適正な価格にてご案内させていただいております。
お飾りの主役は、鎧も兜も甲冑も子供大将も本体ですので、本体を引き立てる為の飾り台であったり屏風であったり弓太刀揃いであったりと、代々の製造元としてお飾りの仕上げのスタートが違います。
先ずは本体ありきですから、一番目に入り易い屏風を過剰な装飾で目を引かせ高額にしたり、本体の質を落として価格を周りに合わせたり下げたり等といった小細工はいたしませんので。
全てはバランスで、お飾りの後ろには初節句のお祝いをする可愛いお子様、お孫様がいらっしゃいますので、どんなに小さなことでも全力です。
特にインターネットが普及した現在、ネットでご購入を検討されている方もいらっしゃると思いますが、素材も表記されていなければ作者も表記されていない事がほとんどです。
素材に関しては、写真で見る限りでは色補正も掛けられていますので、素人にはプラスチック製なのか鉄製なのかアンチ製なのか分からないと思います。
作者にいたっては、実際あった事ですが架空の人物を作り作者にしたりしている場合も多いので、ひとこと「この書かれている作者は誰ですか?」と聞いてみるのも良いと思います。
こうした質問に答えられない店や、極端な値引き割引などして販売する店は、見るだけ見てスルーされた方が賢明です。
お雛様も同じですが、お人形選びの前に先ずはお店選びが重要で、信頼のおけるお店で「価格の違いは品質の違い」と思っていただければまず間違いありません。
全国には老舗と呼ばれる人形専門店がありますから、そうしたお店に先ずは足を運んで実際にご覧になり、他所と見比べていただくのが賢明です。
秀月も忠保も、単に商品として売るだけではありません。
私たちの感覚としては、お雛様も五月人形は玩具ではなく、神具や仏具に近いように思います。
※玩具とは「もてあそぶもの」という意味です。雛人形も五月人形ももてあそぶことは、まずありませんし、どちらかと言えば、祝い、祈る対象です。
「可愛い」と「稚拙」はまったく違うもので、お雛さま・五月人形の役目・務めはお子様を生涯にわたって見守り、雛祭り・こどもの日に飾られることですので、大人になっても鑑賞に堪えうるものでなければなりません。
そうしたお雛さま・五月人形であれば、70歳80歳になってもその度に飾ることができます。
お雛さまも五月人形もおもちゃではありませんので、「品(ひん)」と一種の「気高さ」とお雛様であれば可愛らしさとともに備わっていなければなりません。
一見、同じように見えるお雛様や鎧や兜や子供大将等ですが・・・製造国や材料の違い、仕事の上手い下手で、その仕上がりやお飾りした時の美しさも全く違ってくるものですし、心が込められていなければただの物になってしまいます。
その子にとって大切なお守りですから、流行に左右されることなく、末永くお飾り出来るお飾りを信頼のおけるお店でお選びください。
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