こんにちは、人形の秀月 十七代目です。
今朝はおついたち詣りで周智郡森町一宮の小國神社へ。

平日という事と、猛烈な暑さもあってか、いつもよりも人影はまばらでした。
子供の頃の夏は、こんなに暑かったかな…と思いながら、これでは夏を楽しむどころではありませんね。
先日、知人がが「日本中のアスファルトを剥せば気温は下がる」と言っていましたが、まんざらでもないかもしれません。
参道は木陰になりますのでそれほど暑くないとなると、日光が熱いのでしょうか・・・
そういえば、日陰は聞きますが、木陰と言う言葉も聞かなくなりました。
それだけ平地に、木が少なくなったという事でしょうか。
向こうからは、川遊びをする子供たちの元気な声が聞こえ、癒されますね。
無邪気な子供たちの元気な声は、いつ聞いても良いものです。
境内は暑いと思いきやそうでもなく、ちょうどお詣りをさせていただいている時には、ソヨソヨと優しい風が吹き、心地良くお詣りさせていただいておりました。
本当に僅かですが優しい風で、「あ、気持ちいい・・・」と思って、いつまでもお詣りをしていたかったほどですから。
20年近くお詣りをさせていただいておりますが、こういうのは初めてでしたね。
なのでいつもより余計に長い時間、ひとりブツブツと言いながらお詣りをさせていただきました。
そしていつもの様に御神籤を。
今月の教え
「人間は自然の一部として生きている。自然破壊は人間の破滅となる」
まさに今の日本・地球を表しているかの様で、山を切り崩し自然を破壊し、住宅街を作ったり太陽光発電を作ったり。
住宅は空き家が増えていると聞きますし、太陽光発電は今後パネルは今後寿命をむかえ破棄する時に問題があると聞きますし、売電するには価格が安くなり利益は殆ど出ないとも聞きますし。
太陽光発電は、欲をかかずとも自分の家の分だけで良いのでは?とも思いますが。。。
娘が幼い頃、車で走りながら切り崩されている山を見ては「森林伐採!森林伐採!」と怒っていましたが、私も激しく同感です。
専門家では無いので詳しい事は分かりませんが、今月の教えで出てきた言葉その通りだと思います。
NHK「プロフェッショナル私の流儀」2011年12月12日第170回放送「それでも私は海を信じている」 畠山重篤さんの回で感銘を受けました。
牡蠣の養殖で有名な方でしたね。
2011年に発生した東日本大震災では、当地の沿岸地域は壊滅的な被害を受けました。
多くの人が「もう海では漁ができない」とさえ思いました。
しかし、そんな我々の心配をよそに、海は急速に回復したのです。海藻はジャングルのように繁り、ウニもアワビも丸々としています。
こうした回復が迅速に促されたのも、森から運ばれる豊かな養分が海を支えてくれていたからにほかなりません。森と海と人間の生活のあり方を考え続けてきた我々の活動は、間違っていなかったのだと強く実感しました。
森・里・海の関わりを限りなく自然に近づけるのは、そこに生きる人間の責任です。
いかに豊かな自然があろうとも、そこに生活する人間の心持ち次第では、まったく異なった様相を呈するものに変化してしまいます。
海のことを考える時には森まで視野に入れ、また森のことを考える時には海まで視野に入れる―こうした自然の繋がりを意識できる人が増えれば、地域は豊かになることでしょう。(NPO法人 森は海の恋人より抜粋)
その通りだなと。
これ以上自然を破壊して、豊かになるのかな・・・と思う訳です。
さて、すぐに帰って神棚の榊・お米・塩・お酒、トイレの塩を交換せねば。
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人形師・甲冑師 十七代目 人形の秀月