こんにちは、人形の秀月 十七代目です。
よく聞く宣伝文句で「好きなお顔を選べます」とありますが・・・

お雛様の胴は、一部を除いて中身が藁(わら)で出来ているのが殆どです。
分かりやすく簡単に申し上げると。藁である程度の形が作られていて、その上に襟を付けお着物を着せという具合に着せ付け振り付けをし仕上げていきます。
写真はちょうど真上から撮影したもので、茶色い紙が貼られているのがお分かりになるかと思いますが、その中が藁になっており、これを藁胴といい昔から変わらず熟練の職人さんの手によりきっちりと密に藁で作られているんですね。
そこにお顔を差す為の穴を開ける訳ですが、私たちは専用の目打ちで水平垂直を見て開けていく訳ですが、穴を開け過ぎても開けなさ過ぎても良くなく、だからといって何cmという定義もありませんので、今までの経験と目打ちを差した時の伝わってくる感覚で「ここまで」というのが決まるんです。

以前、とあるテレビの取材で「何センチくらい開けるんですか?」質問された事がありますが、何cmではなく、お顔の首の太さや目打ちを差した時に目打ちの先端から伝わってくる感覚で調整しますので、必ずしも何cmという定義はありません。
これが難しいところで、マニュアルなんてものはありませんし、藁胴を作ったのも人間ですから藁の締まり具合は均一というよりも、その時の藁の具合もあるかと思いますが様々ですから、目打ちを差した瞬間に伝わってくる感覚で調整する訳です。
穴が広くなり過ぎるとお顔を差した時に止まらずグラグラになりますし、穴が狭すぎるとお顔を差していく時に余分な力が加わり、お顔や胴柄に傷を付けてしまったり、不必要な力は必ずどこかに歪みがでてきますので。

写真は穴を開けた状態ですが、ほど良い深さと広さで開けてあります。
ちなみに、藁は縦になっておりますので、目打ちを真っ直ぐに入れるとスッと無理なく入っていくんですね。
この時、目打ちはしっかりと研がれているのは大前提でで、研がれていないと引っかかりが出て中で藁が曲がってしまったり、汚れていると襟が汚れてしまう恐れがありますので、点検も兼ねて常に研いで鋭くし、ストレスなく仕事をすのは基本中の基本です。
道具を粗末にしていたり、工具箱が汚いのは大した仕事はできません。
そしてお顔ですが・・・

写真は太串ですが、良いお顔になるとこうした太串を使用する様にしております。
ほとんどは細串で、首のところで段差が付いて、割り箸ほどの細い串が付いているのを皆さんはご覧になる事が多いのではないでしょうか。
これはどちらが良い悪いではなく、専門的な事ですのであまりお客様が気にされる事はありませんが、意味はきちんとありますので私は使い分けます。
そしてこのお顔を先ほど開けた穴に差す訳ですが、ここからが問題です。
お客様からすると、お顔が付いた状態でご覧になりたいのは当然だと思います。
という事はAというお顔と、Bというお顔があり「好きなお顔を選べます」となると、両方のお顔を差して見比べると思うんです。
そうしてお顔を差したり抜いたりしているうちに、藁胴の藁はどんどん開いてしまい、緩くなってしまうんですね。
一回開いてしまった藁は締め直す事はできませんので、酷いものになるとお顔がグラグラの状態というのもあり、なかにはそれを止める為に接着されている事も・・・
昔からのお人形屋さんで、制作に携わった事のある店であれば、それくらいの事は知っている筈ですので、まずそうしたやり方はしないでしょう。
私も、お顔を差す時は一発勝負(代々の教え)ですので、その一刺しに集中し曲がっていれば猛烈に怒鳴られ叱られたもので、それくらいお顔を差すというのは真剣に集中してやるもで、こちらの姿勢が曲がっていればお顔も曲がるとてもデリケートなもの。
差したり抜いたり触ったりしていれば、藁は緩くなりますし襟も崩れたり汚れたりしてしまいますし、首周りや肩回りのお着物が着崩れてしまいますから、手数は少ない事が理想ですね。
なので一発勝負になるわけです。
水墨画で人物や動物を描く際、どんなに大作であっても目の入れ方ひとつで作品は台無しになってしまいますので、目を入れる際は最も集中し、失敗が許されない一発勝負と同じですね。
ですので、「この子にはこのお顔」と予め先に頭の中でシュミレーションをし吟味を重ねる訳ですが、この子のお顔という事は、その子に合わせお顔の大きさや輪郭、お化粧までも考えられているという事です。
それには、お顔の大きさや作りや種類等を常に頭の中に入れておく必要があり、「この子はこういう雰囲気にしたい」と完成形をイメージして仕上ていく訳でして。
現在では代替わり等をしたりし、そうした事をしているところも少なくなってしまいましたが、やっているところはやっておりますので、私が見ても金額云々でなく「見事だな・・・」と思いますから。
下手をすると、本来のお顔の良さというのを知らず、「人気があるから良いお顔」となり、何処を見ても何を見ても同じお顔が並んでいて、「結局どれが一番良いの?」状態になってしまっています。
そうすると、お顔にもグレードがありますから、同じお顔で冠や紐の違いといった付属品の種類を多くし、数を置く為に一番お求めやすいグレードを揃え「選べます」といった具合ではないでしょうか。
最も肝心な、お顔そのものやお顔の表情やお化粧等の違いではないと思います。
もっとも良いお顔となると、当然の事ながら高価にもなり京頭(きょうがしら)の作家物ともなると、お顔だけで軽く何万円もしますし隙の無い美しさや個性もありますので、逆にお顔がお着物を選んできたりもしますので、数百万円クラスのお人形に使用する事が多いですね。

川瀬猪山さんの美しいお顔です。

ここまでくると一つの芸術作品です。
こうした事を知っているのと知らないのとでは大きな違いですので。
お客様に選んでいただくというサービスは、実は販売する側がよく分かっていなく、お手頃なお顔を数多く並べ、「どうぞ好きに選んでください」と単にお客様任せになってしまっているのでは?と思う事もしばしばで、販売する側が分かっていなくて揃えるとなると、お顔を仕入れる時に「どれが人気のあるお顔?」と聞いて仕入れる訳ですから、何処のお店に行っても同じ様なお顔が並ぶ訳です。
そうした意味では昔の様にそのお店のカラーが無くなってしまい、何処へ行っても同じ様なものばかりで・・・
もちろん、そうでない昔ながらの立派な老舗人形専門店も全国に健在しております。
これはそのお店のスタンスなので一概にどちらが良いとは言いませんが、私にはお顔を選べるからとお人形の前にズラリとお顔を並べてあり、実際にお客様から「生首みたいで嫌だった」と言わせたり、お客様の前で平気でお顔を抜き差しする様な事はとても出来ません。
お人形だって見られたくないでしょうし、私だったらそういうお店は見るだけでスルーしますがいかがでしょう。
その様な事を常日頃考え、「自分のお人形が選ばれなかっいたのは自分の腕が未熟な証拠」と言い聞かせ黙々と制作しております。
なので職人さんて気難しい、と思われてしまうのでしょうか・・・
もっと簡単に上手くお伝えしたいのですが・・・あいにく口は達者ではないものでして。
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